子ども達の未来のために
今年の長岡市の米百俵賞にチェコの女性が選ばれています。戊辰戦争に破れた長岡藩に三根山藩より見舞いとして米百俵が送られてきました。長岡藩の学者で佐久間象山門下の小林虎三郎は、その日の食料にも事欠く長岡藩士に対して「この米をみんなで分けるのではなく、これを元手に学校を建て人材を育成することが長岡を建て直す道ではないか」と説いたといわれています。この故事の精神を受け継ぐものとして米百俵賞があります。彼女の話によりますと、チェコにも人材を育成することの大切さを教えてくれる「米百俵の精神」に似た諺があるそうです。「自分のことしか考えないのなら家を建てなさい。子ども達のことを考えるなら木を植えなさい。国のことを考えるなら子どもを育てなさい。」
今日の日本は、バブルの崩壊後、今まで経験したことのない不況の迷路に迷い込んでいます。経済のグローバル化のためには仕方ない、日本型社会主義の崩壊、官僚制度が悪い、税金を国際水準に等々。政府はアメリカに突っつかれ、考えられる手立てを全て打ってきていますが経済の好転は見られません。今回の日本の不況の原因はいろいろ考えられますが、重要なことは将来への不安が作り出す精神的な怯えが根底に横たわっている事ではないでしょうか。つまり少子高齢化の時代を乗り切る自信が持てないのです。日本を支えてきた団塊の世代が高齢化することはどうしょうもありません。しかし子どもを生み育てられる環境を作り、再び活力のある社会にすることに対しては打つ手はまだまだいくらでもあるはずです。
今年の厚生白書では「日本が結婚や子育てに夢を持てる社会ではなくなっている」と結論付けています。政府、マスコミの報道は、20年後には二人で一人の老人を支えてゆかなくてはならない、子ども一人育てるのに2000万円掛かる等々。これから結婚しよう、子どもを産もうと希望を持っている若者に冷水を浴びせることばかりです。これでは今の若者が結婚し子どもを作ろうという気持ちにはなれません。
まず大事な事は若者たちに子どもを産み育てることの喜び、楽しみそして何事にも変えられない大切なことであることを伝えなければなりません。次に、子どもを産み育てる環境が現実にはどうかを聞かせ、問題点をあげ、改善しなければならない点、将来の方向を示し、一緒に考え、協力してよりよい育児環境を作っていくのです。そしてこの流れを実際に作っていけるかどうかは、政府が政策として、子どもを産み育てることを国家の最重要課題として取り上げるかどうかに懸かっています。
私たち小児科医も「子どもたちの未来のために」これまでいろいろの活動を行ってきており、子どもたちを取り巻く状況をもっとも敏感に感じ取れる一人です。私たちは、主に医療という側面から子どもたちに関わってきましたが、現在の社会状況は、子どもを産み育て、さらに社会進出していこうとしている女性を中心に、子どものことを考えていかなければならなくなっています。そして彼女たちの現状を理解し、いかに支援していくかが重要な課題となってきました。具体的には税金の問題、保育園の充実、医療費の補助、出産子育てと社会の問題、未婚女性が子どもを産んだ場合、安心して育てられる環境整備など子どもを中心とした社会の構築の必要性を訴えていかなければなりません。そしてこの政策を実現するためには、私たち小児科医は、多くの国民、子どもを愛する人、子どもたちに関わりを持っている多くの人たちと協力して、市、県などの地方自治体、政府に対し実現に向けた働き掛けうをしていかなければなりません。
子どもを産み育てる政策は経済に対し即効性が乏しく、政治的な判断によって推し進められていかなければならないことと思いますが、必ずや国民に対し将来に対する希望を与え、活力を呼び覚ましてくれることと信じます。長岡の米百俵の精神そしてチェコの諺から学ぼうじゃありませんか。
(平成10年7月 新潟県小児科医会会報)