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五感を使って生きる

[2006.03.25]

 先日、新潟県立歴史博物館の館長講演を聴いてきました。小林達雄館長のお話はいつも面白く、話がいろいろの話題にわたり、そして縄文の生活を通し私たちの今の生き方、考え方に対し一つの指針を与えてくれます。今回の話の中で、最近の子どもはチャット上で自分の親を殺してくれと依頼するなどおかしくなっている。その人の目を見てはとてもそんなことは言えるはずがない。バーチャルな世界は危険だ。自分の話はしばしば脱線していろいろな方面に向かうが、今、放送大学があり、その授業は、脱線もなく、レールに乗った授業で、時間内にピタッと終わる。聴講生の目を見て、その時のみんなの反応に合わせて、話を展開していかなければ、それは生きた授業ではないとおっしゃっておられました。

最近、バーチャルな世界やテレビ、ビデオ、ゲームなどの子どもたちに与える影響の重大さが認識され、多くの警鐘が鳴らされるようになってきました。日本小児科医会、日本小児科学会もメディアが、視覚、言葉、心の発達に悪影響を与えることを指摘し、「2歳までのメディアとの接触を避ける」よう提言しています。そして視覚、聴覚だけではなく、五感を使った生活を基本として育んでいかなければならないとしています。五感を使って生きることは、人間の感情、情緒、判断など人間らしさを司る前頭前野を発達させます。情緒豊かな子どもたちを育てるためには、テレビの中の自然ではなく、本物の自然、本物の風の音、本物の波の音が必要です。

生まれてきた子どもたちにテレビを見せる行為は、これまでメディアの中で育ち、メディアが空気や水と同様な世代にとっては至極当然な事であります。このメディア世代に、メディアの弊害、子どもをメディアから遠ざけてやらなければならないことを理解させ実行させることは並大抵のことではありません。またメディアに依存した生活は少子化とも密接な関連を持っています。少子化は、生活の基礎であり、社会の最小単位である家族の数的な減少をそして家族の教育力、人格形成能力の低下をもたらします。そしてその結果、家族力の低下をメディアで補うこととなります。つまり少子化が進めば進むほどメディアの比重が重くなります。私達国民にとって、これからの日本を支えてくれる子どもたちが、健全に育ってくれることを願わない人はいないと思います。そのためにももう一歩踏み込んだ提言や行動が必要となってきますが残念な事にそれ以上の例えば行政的な指導などの施策の提言には至っていません。 

次に五感を大切にする生活が基本であることは言うまでもありませんが、もう一つ大事なことは、バーチャルな世界で子どもを育ててはいけないという事です。バーチャルな世界とはテレビの中の世界だけに限ったことではなく、現実的な子育ての中にも多くあります。人は生来善と悪、愛と憎悪など清濁あわせ持って生まれてきていますから、世の中も必ず二面性を持っています。例えば教育の中では、いじめがあるのは異常な世界、あってはならないと教えますが、現実の社会はそうではありません。子どもたちが社会に出た時、この現実との落差に気付き、失望し、迷いそして対処できず道を見失う子どもが多いのではないでしょうか。一人の人間として、社会人として生きるためには、教育の現場でも奇麗事のバーチャルな世界ではなく、現実に即した教育、身の処し方そして考え方を教えていかなければならないと思います。

 私たち小児科医は、子どもを生み育てる親御さんと比較的近い場所に位置していますから、「五感を使って生きること」そして「バーチャルな世界に生きないこと」を1ヶ月健診、3ヶ月健診を始めとする乳児健診そして日常の診療の中で皆さんに教えていかなければなりません。そして私たち小児科医も検査ばかりでなく、子どもの目をしっかり見、触ってそして五感を駆使して診療をし「五感を使って生きること」を実感しなければなりません。

                        2006.3 新潟県小児科医会会報

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