不老不死
人類は昔から二つの大きな夢を抱いてきた。
一つは錬金術、もう一つは永遠の生命を得る不老不死である。錬金術は夢と消えたものの、副産物として中世から近代における産業革命の原動力となった。
不老不死はその実現が不可能であるが故に人類の永遠の夢であった。しかし、癌の研究の過程から夢が叶えられようとしてきている。人間の寿命、全ての生物の寿命は何者かによって規定されている。様々な動物の皮膚繊維芽細胞を最高の条件で培養すると、果てしなく継代培養ができるようであるが、ある日突然その細胞は死滅してしまう。この培養期間が種によって異なりこれがその種の寿命と考えられてきた。さらに動物の各器官でもそれぞれの寿命があるようである。例えば、腸の絨毛上皮はたった3日の命しかなく新しい細胞に置き換わってしまう。つまりいろいろの生物も、またその生物の各器官も何らかの理由、機序によって寿命が規定されているのである。然るに癌細胞は他の細胞を無視し永遠に生き続けるのである。この寿命のメカニズムを解明した延長上に不老不死が垣間見えてくる。このメカニズムを解く鍵は遺伝子にあるようである。現在、各国はヒトの遺伝子解明に躍起となっている。21世紀初頭には全てが解明されようとしている。
人類は科学特に医学の進歩に助けられ本来の種の寿命に迫るまでに長寿となってきた。種の寿命を超え、自然の摂理に逆らってまで生きる必要が、果たしてあるのだろうか。皮肉なことに不老不死を夢物語にとどめるため、遺伝子解明、遺伝子操作に対して警鐘を鳴らさなければならない時代となってきたのではないだろうか。
(1994.4 新潟県医師会雑誌 「喫茶室」)